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第二話 封筒

Author: 景文日向
last update Last Updated: 2025-10-28 17:34:57

 翌日、何もなかったかのように仕事を進める。部下にも上司にも、何も悟られないように。

 そして数日が過ぎた頃、一件のメッセージがスマホに届いた。差出人は、『新川虎太郎』とある。

 開くと、このように書かれていた。

 『いつもの居酒屋。21時』

 何かあったのだろうか。あわよくば、引き受けてくれた上でもう動いているとか。それなら、永田霞に繋がる情報があればいいのだが。

 新川の情報筋は本物だ。裏社会でどのように情報を得ているのかはわからないが、ハズレは一度もない。らしい。

 俺が実際に使ったわけではないので、全て噂なのだが。

 残業をしないように仕事をこなし、21時に間に合うよう居酒屋に向かう。

 警視庁のある千代田区には、二面性がある。俺が勤めているのは、桜田門や霞ヶ関といった官公庁街。それに対し、神田方面に行けば飲み屋の温床だ。新川が勤めているのは、虎ノ門にある法律事務所なので実は警視庁からそう遠くない。だからこそ、一緒にいるのを見られると困る。神田方面に出ても、遠い距離ではないため見つかる危険性はある。

 なので、いつもの居酒屋というのは必然的に千代田区、港区から外れる。俺たちが選んだのは、少し離れている五反田の居酒屋。サラリーマンが多く、全員自分の話に熱中しているので俺たちには見向きもしない。この環境が有り難かった。

「で、どうなった」

 今日は、新川の方が早かった。席に着くなり、俺は尋ねた。

「焦るなよ。ほら、この封筒が情報。……で、金なんだが」

  新川の告げた金額は、法外に高いとまではいかなかったが財布には打撃がある金額だった。

「準備させろ。流石に高いな」

「わかったよ、払ったら渡してやる」

 この日は、これで解散となった。情報をすぐ貰えないのはもどかしいが、仕方ない。

 後日。指定された金額を払うと、封筒を渡された。

「これは?」

「永田霞の情報」

 封筒を開けると、永田霞の写真。そして──

「これ、篠崎法務大臣じゃないか?」

 何故か、現職の法務大臣である篠崎政臣の写真。もう一枚の写真を見ると、穏やかな笑みを浮かべた霞と篠崎。

「どういうことだ?」

 理解が追いつかない。この二人の間の関係性を推測できないとまではいかないが、何だこれは。

「桜田、お前鈍いな」

 そして、声を潜めて新川はこう囁く。

「永田霞と篠崎政臣は、血縁関係にある。正真正銘の、親子だ」

  まさか……いや、全く考えなかったとは言わない。だが、血縁関係にあるからといって何なのだ? 篠崎は法務大臣だ。息子が殺人を犯したとあれば、失脚するのは間違いない。誰かの陰謀なのか?

「ここからが、ややこしくてな──篠崎は永田霞を認知していないんだよ」

「要するに?」

「隠し子ってやつ」

 隠し子なんて、現実に存在するのか。俺だったら、娘でも息子でも全力で可愛がるのにな。隠し子いう感覚は、よくわからない。一生かかっても、理解できる世界ではないだろう。

「隠し子なら、まあ苗字が違うのは理解できる。だけど、これが何の証拠になるんだ?」

 それが謎だった。親子だから、何だというのだ。しかも、隠し子なんて何かの証拠になり得るのだろうか。

「桜田、この事件はもう調査が出来ないんだろ? それって、何でだ?」

「それは、上司がもうこの件を調査するなって」

「おかしいと思わないか?」

 それは確かに思ったので、頷く。

「俺はね、こう思う。上司がお前に圧をかけたのは、篠崎からの圧力があった。ここがクソなところなんだが、警察とか検察でも権威に従うことがあるだろ。今回はそれだと思うんだよな」

「篠崎からの圧力があった、と?」

「断定は出来ない。可能性の話だ、あんま本気にすんなよ」

 本気に、せざるを得ない。こいつのことは気に入らないが、可能性は十分にある。新川は、頭が切れる。検察相手に負けたのは、数回だったと聞く。弁が立つのだ。

 今の司法がそれだけ腐っていると認めたくはないが、今回の動きを見ているとその可能性は否定できない。新川はやっぱり、鋭い。

「帰る」

「そうかよ」

 新川と、話すことは話した。ここからは、俺が一人で考える時だ。飲食代を置いて店を出ると、生ぬるい空気を感じられた。今は夏になりかけの季節。これから暑くなるのかと思うと、嫌気がさす。

 とりあえず、家に帰るか。俺は電車に乗って、酔いを醒ましたい。

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